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←小学校(低学年)・引越し 2002/2(平成14年)◆学校をさぼる◆
ズル休み。雨がふるから〜とかヘンな理由で休む。実はいじめられるから〜だった。今だにどんないじめだったのかはっきりしない。自閉傾向の為かうまく説明できないみたいで。学校の先生に言っても、よくあることです、そんなふうにみえない、等と取り合ってもらえず。 2002/3(平成14年)◆通級へ◆
チックの一種である咳払いや奇声、独語、服をしゃぶるなどの行為が治らず、本当は担任→学校長→教育委員会という順番で相談が行くのが普通だが、うちの場合は先にソウの療育の先生達に相談していた。そして教育委員会の人に相談しては、ということになった。話は急展開。不注意型ADHDだと思うから三年生になったら週一回学校の授業中に通級センターに連れて来てください、といわれたのです。 2002/3(平成14年)◆忘れ物大王◆
「ジンくんってさー何にも学校にもってこないんだよ〜」と初めて同じクラスの子から聞きました。ある日部屋を掃除してたらくしゃくしゃの給食マスクと埃だらけのふでばこ。上靴を忘れたまま登校してもへいきで裸足ですごしたり、なんかヘンでした。 2002/7(平成14年)◆教育委員会の動き◆
ようやく教委が動いたのか、子の発達相談にのりだした。アンケートをだすしくみで後日専門の先生が相談にのるという。そして夏休み、結構有名な?先生(医師)とあうことに。場所がちびが通ってた療育デイサービスセンターでなれてるのもあっておにいは面談始めて数分後で席をたち外へ。WISKの結果もみせたら、アスペルガーの対応をしていった方がいいでしょう、といわれた。だんなは、一度否定された自閉を再度いわれた、とかなりのショックのようだった。そしてLD教室を紹介された… |
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